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そのハードルの高さは何のため、誰のため?

落合弁護士のところで見た新聞記事からの引用。

全体の合格率は昨年の33・0%を5・4ポイント下回り、初めて3割を切った。


落合弁護士のコメント

私が受験した頃の司法試験は、合格率がこの10分の1程度でしたから、合格率には特に危機感は感じませんが、むしろ、問題だと感じるのは、法科大学院に身を投じお金をかけるだけかけながら、ここまで多くの人が挫折してしまうというのは、当の本人としても、社会としても大きな損失ではないか、ということですね。



旧司法試験と違って、自分のペースで何とかするという選択肢が少なくなって、試験を受ける前・受けられるようになる前にやらなければならないことが多くなって、時間も金銭も費やさなければならないというのに、挫折する結果になってしまうのは、社会的に見ても大きな損失だと思う。全体のプロセスが前より長くなった分、予期せぬアクシデントに見舞われる可能性も高くなるものと思うし。試験の問題が簡単になったことだけをもって、法曹になるのが簡単になったとは言い切れないように思う。

試験で計れるような能力が、法曹で必要な能力の全部ということはないだろうし、そんなに拘ることにどこまでの意味があるのか、という気がする。あの程度のことが出来ないようでは困る、という意見もあるのかもしれないが、あの程度のことができて、修習を終えても、それでも、この程度か、と思うような弁護士を(相手方の代理人で)見たことがあるから、そういう意見には素直に頷けない。

法曹になってからの修練が、法曹としての能力を維持・向上させる上で重要なのに、そこの入り口だけ厳しく規制して、そこからあとは野放しというと、経年劣化した法曹の存在を野放しにしているわけで、違和感が残る。

こういうときに、議論になるのは、法曹の「質」ということだけど、それって、誰がどうやって決めるのだろう?今の法曹の方々の中だけで決めるのはおかしいと、個人的には思う。

法曹は、裁判官も検察官も含め、結局はサービス業なんだと思うから(国民に対するサービス業だと思う)、サービス業のサービスの質の評価方法を考える際には、サービスの受け手からのフィードバックが必須だと思う。当然のことかもしれないが、顧客に対する満足度との関係では、法律面の能力に加えて、人あたりや熱意、説明の仕方がカウントされて然るべきと思う。

と思っていたら、企業法務の大先達の品川のよっちゃんさんのコメントを拝読した。引用するよりも、全文をお読みいただく方が良いと思うので、引用はしませんが、確かにそうだな、と思った次第。

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