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時を越える思い?

なんのこっちゃという感じのタイトルですいません。

いつも拝読している「教えることは希望を語ること 学ぶとは誠実を胸に刻むこと」と、「タケルンバ卿日記」で知った、というか、初めてリアルに考えた話。

一法律学徒の英語と読書な日々」の作者の方が亡くなられたという。このサイト、特に英語の学習法については、色々と試されて、なるほど、と思うことが(僕は自分で試す余裕(色んな意味で)がないので、見ているだけだったけど)多かった。

リアルで会ったことのない人間が追悼の言葉を述べるのは僭越だし、タケルンバ卿の追悼の言葉以上のことを述べられるとは思えない。

考えてしまったのは、タケルンバ卿の次の言葉。

また、はてなの関係者にお願いする。彼のブログを消さないで欲しい。何か問題があり、ご遺族に連絡がつかない状況などがあれば、私に相談して欲しい。彼のブログを残すあらゆる協力をしたい。それがブログ書きの人情だし、縁があった人間としての人情だと思っている。ブログ書きの生命とは、書いたものに他ならない。それを残すことが彼の生存証明。生きていた証なのだ。



中途半端に墓を残すよりも、彼のblogを残す方が、彼の生きた証となるだろうと思うのだが…。

で、どうやって?というところで悩んでしまう。はてなが今のままサービスを維持する分にはあまり大きな問題はないのかもしれないが(それとて保証の限りではない)、それがいつまで続くか保証の限りではない。はてなとdoblogやゆびとまを同列に扱うのは失礼だと思うが、理由を別にすれば同様の現象が起こらないとは言い切れない。移行期間が設定されたとしても移行する人がいないと意味を成さない。

多少自分の仕事に近づければ、過去のデータの現行のシステムの移行に伴うリスクはeDiscoveryとの関係でも時として問題になりうる。過去のシステムからのデータの遺憾漏れが重要な資料について生じていて、それによって入手不可能となった場合、discovery手続きの中で、自社に不利に作用する(保管する義務を果たしていないという形で)可能性も十分考えられる。寧ろ紙ベース、アナログなデータの方が既に長期間保管のロードテストにパスしているだけに、確実に保管できるのかもしれない。

そういう面でも、どうやって電子情報を残してゆくか、というところには気にはなる。アイデアはないけど。墓守と同じ発想というか、その延長線上ではあるけど、お守りをする期間が有限でないかもしれないというところが難しいところだろう。ビジネスに出来るかというと、ちょっと難しいような気がする。他人から見ても価値があるものであれば、コンテンツビジネスに乗るだろうが、それ自体が100%賛成できないし、そもそも、そうでないものをどうするかが問題なわけで…。もちろん、保管する必要はない割り切るのも一つの手だが、それはあまりに味気なさ過ぎるし、そんなつまらない世の中にコミットしたくない、というのが正直な気持ち。NPOとかで寄付を集めて、とかいうのが良いのか?もっと発想を基本に戻して、そういうサービスも宗教法人に期待するべきか(ひょっとすると一番確実かもしれない)、あまり考えはまとまらない。

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