スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

拒絶反応の意味

僕も気にはなっていたが、如何せん、直接仕事と絡みそうにないし、何より能力するだけのものがなく、黙ってみていただけだが、「企業法務戦士の雑感」で、エントリがあって、?と思ったことがあったのでちょっとだけメモ(前置き長すぎ)。

状況についてはFJNeo1994さんが書かれているとおりなわけで、ようやく日本の作家その他の方々からも反応が出てきたというところ。そうそう、アメリカ法的なお話のうち基礎的な部分については、アメリカ法観察ノートでのエントリが参考になる。

で、本題。本件で日本の著作権者サイド(というとくくりが大雑把だが)が嫌悪感を示しているけど、これについて、FJNeo1994さんは、

我が国の文芸界、出版界の“ネット・アレルギー”が相当根深いことがうかがえて興味深い


そもそもこれが米国内で訴訟になっていることを考えれば、「無断で複製されること」自体に対するアレルギーは、洋の東西を問わず著作権者に共通しているのだろうけど、「和解案自体を蹴とばす」という決して賢明とは思えない選択肢を我が国の著作権者がとる背景には、単なる「複製されること」へのアレルギーを超えた、もっと深い文化的ギャップがあるように思えてならない。



とされている。僕は、寧ろ、”ネット・アレルギー”というよりも、和解案提示に至るまで、まともな説明もなかったこと(クラスアクションという制度は、別に普遍的な制度でもないので、そもそも何故日本の著作権者が巻き込まれる羽目になるのか、からじっくり説明する必要があると思うけど、そんなのはgoogleの説明からは理解できるとは思えない)が著作者にとっての一番の問題ではないかと思う。もちろん上記の点もあるとは思うけど。ボタンの掛け違えがどこから始まったかというと、そういうところからではないかと思う。ネット云々は二の次の話で、断りなく、自己の作品に対するコントロール権を侵害されたことについての反発(感情的なものも含めて)が大きいのではなかろうか。

著作者の中には、著作による経済的な面よりも、自己の著作を広く読んでもらうことに意味を見出す人がいると思うし、そういう人に取っては、今回の内容は、受け入れることを検討するに値するものではないかと思うから、そのように考えるのだが。

個人的には、クラス・アクションの要件を満たしているのか争う余地があるとすれば(アメリカ法観察ノートの上記のエントリではその可能性を指摘するけど、どうなんでしょうね)、お金のある著作者の方が(ネームバリューも含めて、村上春樹とかやらないかなと思う)争ってくれないかなと思う。

僕は、何でもかんでもデジタル化みたいな流れは、必ずしも賛成しかねる。便利なのは認めるけど、便利なら何でもいいのか、というと、そうとも言えないような気がする。不自由だからこそ出てくる知恵のようなものもあると思うし、便利なら何でもやってしまえというのはあまりにも何も考えていなさ過ぎるように思う。

いずれにしても、少なくとも今回の和解については、日本の著作者との関係では、あまりにもやり方が乱暴な気がするように思う。ストリートビューもそうだけど、何についてであれ、googleのやり方には注意が必要というのが正直な感想。

コメントの投稿

非公開コメント

カレンダー
09 | 2017/10 | 11
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -
プロフィール

dtk

Author:dtk

日本にある企業の法務部署で働いています。
*コメント等で私に言及するときは
"dtk"でお願いいたします。

旧ブログ

ITエンジニアのための契約入門 iPod touch/iPhone用にリリースされました。詳しくはiTunesAppStoreから入手可能

初めてコメントいただく際には「このblogについて」もご覧いただければ幸いです。

カビバラさん時計
最近の記事
最近のコメント
最近のトラックバック
カテゴリー
月別アーカイブ
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

twitter
    follow me on Twitter
    カウンター
    Amazon.co.jp

    ブログ内検索
    RSSフィード
    リンク
    上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。