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「東京焼盡」/内田百

中公文庫の版で読む。当然旧カナ。ちくま文庫の「内田百集成」は旧カナかどうかは知らない。

昭和19年11月1日から昭和20年8月21日までの日記。淡々とした記録であるが、東京が灰燼に帰し(自身も5月の空襲で焼け出された)、終戦に至るまでの間、という特異な時期の記録である。空襲の詳細(空襲警報の出た時間、解除された時間とかもきちんと記録されている)、出てくるモノの値段(闇での実勢価格ということになろうか)、東京内部での距離感、情報の伝達速度など(広島の原爆については数日後に記載がある)、リアルタイムの記録なので、歴史資料としての価値も高いのではないかという気がする。
以下個人的に印象的だったことのメモ。

  • 何よりも、モノ(特に酒と米)を貰うとか都合してもらうとかの記載が多い。相手は近所の人、親戚、そのほか(特に古日さんという人が多いが、何者でいかなる関係なのか、よく分からない。村山古郷氏の解説で、登場人物についての説明がある中にも記載がない)だが、モノがない中で、何故ここまでしてもらえるのか、今ひとつよく分からない。そういう近所づきあいなのかもしれないけど。
  • 空襲警報の頻度の高さには驚かされる。緊張のし続けなわけで、凄いストレスのかかる生活だった(兵隊で戦っているよりはマシだろうけど)ことが想像に難くない。
    そうかと思うと、当のご本人は次のように書かれておられるので恐れ入る。

    朝から寝る迄、寝てからも緊張してゐる。自然主義時代に云つた刺戟に生きる明け暮れであつて、驚きたいと云ふ願ひは常に充たされてゐる。何年か後になって顧れば、あの時分の生活は張りがあつた、生き甲斐があつたと云ふことになるかも知れない。敵の空襲がこはいのと、食べ物に苦労するのと、それだけであって、後は案外気を遣はないのんきな生活である。

  • 見事なくらいご本人は家事はしていない。この当時の男性ならこんなものかもしれないが、食料もなければ、燃料も、さらには住むところもおぼつかない中、奥様は大変だったろうと思う。
  • 2ヶ月風呂に入らないとかそういう記載を見ると、それだけで耐えられないなと思う。実際、阪神・淡路大震災の時は4日風呂に入らないところで僕は耐え切れずに、風呂に入るためだけに大阪市内のホテルに泊まったから。

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