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ヤクザに弁当売ったら犯罪か? (ちくま新書) / 宮崎 学 (著)


色々な意味で評価の難しい本。著者がヤクザの家で生まれ育っていること、および、経歴も経歴ということもあり、要するにヤクザの側の人(ただし、現状のヤクザの方々は、氏の目からみると「あるべき姿」から逸脱しているように見えているようでもあるが…)なわけで、モノの見方にある種のバイアスがかかっているのはある意味で当然かつ避けられないことだと思う。ただ、そういう立場の人がこういう形で発言されるというのが貴重なのも事実だし、加えて、その内容についてても、無視できないものを感じたので、おっかなびっくりネタにさせていただく次第。処世術的にはスルーすべきなのだろうが…。

なお、最初に断っておくと、僕自身、中の主張のすべてを肯定するものではない。ヤクザと共生とか主張する気はない。


それはさておき、いわゆる暴排条例に基づき、いわゆる暴排条項を取引基本契約書その他の取引に関する契約において記載する、または記載することを求められ、それら条項について検討をするというのが、一時期頻繁に、かつ、現在も定期的に法務、特に契約法務の業務の一部として存在するのだけど、僕自身はその際にいわく言いがたい違和感を感じていた(今だって感じるのだが)。

「降りかかる火の粉は払わねばならぬ」とまでは言わないが、主として取引相手先からの要請に応じて、この種の条項を検討するのだけど、内容が広範かつ曖昧で、しかもその内容について、提示してくる側がどこまで何を考えているのか不明瞭と思うのである。この種の契約条項の持つ効果は、取引関係の即時解除(損害賠償なし)、という重いものであるにも拘わらず、その効果を発動するための要件は、広範且つ周辺部分が曖昧だったりする。自社(または下請けまで含むケースもある)の役員またはそれに類する経営陣について、いわゆる反社勢力でないこと、または、そういう勢力と付き合いがないことの表明保証違反が要件だったりするのだが、もっと極端なケースでは、過去そうでなかったことも表明保証することを求められる(表明保証違反の場合は、先に書いたとおり契約解除となる)。確率論的にこの条項が発動される可能性は高くないと推定は可能であっても、運悪くそうなった場合の被害の大きさを考えると、問題のある条項であると言わざるを得ないと思っている。重要な契約であればあるほど、こういう条項を入れることで、そのようなリスクにさらすことには問題があるような気がしている。

僕自身は、とりあえず、保証範囲は限定するということで、自社の役員についてはやむを得ないとして、それ以外の自社の従業員とか他社については表明保証しない、誰についても過去については表明保証しない、という方針で対応するようにしていて、そういう方針で修正して取引相手に押し返すと、記憶する限り、それ以上議論になることはない。反論された記憶が無い。こちらに提示してきた側も、この種の条項を入れろとどこからか言われたから入れようとしているだけで、それ以上どこまで考えているかわからないことが、別の意味で問題があるような気もしている。まあ、サプライチェーンの途中にいる人間としては、そのチェーンの中で力のあるところ(例えば三河の車屋)とかがその力を背景にこの種の条項を入れてきたのだとすると、営業的にはなにもしないというのはまずいから、ということで、そういう対応になったとしても理解できなくはないのだが…。

もともとそういうようなことを感じていたので、この本を手にとったということもあるのだが、この本の内容を見ていると、どうやら(最初に書いたような意味で、一定程度留保は必要だが)、問題はもっと深刻かもしれない。指摘のあるように、そもそもの暴排条例自体、対象が明確でないし、この本でも紹介されている実例に出てくるように、条例およびそれに基づく契約書などの排除条項について、表明保証の違反認定が恣意的かつ一方的に行われるリスクがあり、認定をされた側がその認定について争う機会がどこまで制度的に保証されているかというと疑わしい。
(これは、一方的に自社の営業に関して財産的な権利を侵害されるわけで、この種の条項およびその背後にある条例について、憲法上、適正手続の保証などの観点で問題があるように思われる。素人考えでしかないので、うかつなことは言い難いが、これらの点については、一度きちんと争ってもらったほうが良いのではないかと思うのだが…)

他にも、この本を読んでいて気になった点が2つほどあった。

一つは、今はヤクザが対象だが、この対象は容易に広がる可能性がある、ということ。別に国外の赤狩りの例を出すまでもなく、治安維持法(こちらについても中公新書で本が出ていたので、別途読んでおきたい所)の適用範囲の拡大を見れば十分なのだろう。

もう一つは、排除の論理というか、結局排除された側だって、人権は保証されているし、その人達も生きていく必要はある(人権を否定して抹殺を始めない限りはそういうことになる)。そうなると、彼らを単に排除するだけでは、彼らが生きて行けないし、「更生」しようにもその道を排除の論理で閉ざしている以上、それもできない、となると、そういう人達がどこかに吹き溜まるのはある意味当然で、そのことに目をつぶって、自分の手が綺麗ならそれでよいのか、ということ。ここにあるある種の思考停止は、あちこちで見られるものの、正直どう対応して良いのか僕にはよくわからない。

残念ながら僕自身は、業務としては、自社の手が汚れ無いようにするのが仕事なので、それについては、上記のとおりの対応しかできないし、それ以上に何かどうするというものも持っていないのだが、この本を読んで、なんともいえない気分になったし、こういう危機感は意識しておく必要があるな、と感じた次第。

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