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素朴な疑問:判決文の公開

モノを知らないのが露呈して呆れられそうだけど、素朴な疑問をひとつ。書こうと思って忘れていて思い出したので書いてみる。ご存知のかたは適宜ご教示いただけると幸甚です。

いつぞや(町村先生のこのエントリの前後の頃だったかもしれない)判決文の公開が少ないよね、という話がTL上で出ていた時に思ったのだけど、憲法上の裁判の公開との関係で大きな問題にならないのだろうか?というか、なったことはないのだろうか?

条文上は、「裁判の対審及び判決は、公開法廷でこれを行ふ」だから、言い渡しだけ公開ならそれでOKということかもしれないけど、公開することにより公正を保つとそもそもの公開の制度の目的と、言い渡す内容自体が複雑で、朗読されただけでは正直わかりにくいものが多くなっているとおもわれることからすれば、判決文(決定文もも含む。以下同じ)それ自体を公開するべきではないのか、という議論になってもおかしくないのではないかと思っただけのこと。もちろん「知る権利」との関係でも、判決文について、市民が直にアクセス可能である方が望ましいのではないか。

公開のためのリソースが足らないということは以前はあっただろうけど、今はネット上に載せるだけならそういうことはあまりないのではないかと考えると余計にそういう気がしてくる。もちろん、関係者のプライバシーとの兼ね合いで公開が問題となるケースもあるだろうけど、それは当事者名の表記を変えることで対応可能ではないのかと思う。文中で引用しているものの変換の手間が面倒というなら、契約書みたいに最初に定義条項というか当事者目録を置いて、そこだけ実名を書いておいて、公開時にそこを隠すというような形で、書き方を変えるということで対応可能なのではないか、と思わなくもない。そんな簡単に言うなと言われそうだけど、それくらいする価値があるのではないのか、という気もするし。司法制度について、納税者に対する説明責任を果たすという位置づけもできるのかもしれない。

この辺については、手元にある芦部先生の「憲法」(5版)では見る限り言及がなかった。いわゆる四人組の本は持っていないのだが、日曜日に、近所の図書館の書架にあった3版を見たら、「知る権利」との関係で公開しないことについて問題であるというような記載が少しあった(記憶で書いているので正確な表現ではないが)。

また、先例としての価値を持たせたくないような内容の裁判例についてまで、わざわざ裁判所が公開することで、事実上の拘束力が生じることを防ぎたいとか、考えているのかもしれないけど、そもそも商用データベースとかに載るなどするのであれば、そこに拘る意味がどこまであるのか、という気がしないでもない。その辺は載せ方を変えるとかでもできるような気がするし。今だって、どの判例集に載るか、というところで差異があるよう(ここもどこかでそういう記載を見たのですが、思い出せず…)なので、それと何が異なるのか、という気がしないでもない。

…結局のところ、僕にはよくわからないが、何かはっきりとした理由があるなら、知りたいところではあるので、メモしてみた次第。理由およびこちらの誤解などがあれば、炎上しない範囲でご教示いただけると助かります。m(__)m

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