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弁護人からみた警察庁と最高検察庁の足利事件検証報告書―足利事件が教えるわが国の刑事司法の課題 /佐藤博史

東京大学法科大学院ローレビュー vol.5から。刑事訴訟についてエラそうなことを言う能力はないが、昨今の検察不祥事との関連で読んでみると面白いのではないかと思って、長かったし、DNA鑑定についての話は、さっぱり分からなかったが、何とか読んでみた。

書いているのが、当の事件の弁護人だった方なので、ある種のバイアスのかかったモノの見方になっているのはやむを得ない(後知恵で指弾しすぎという気がした)だろう。仮にそれを割り引いたとしても、読み終わってみると、今の当局に、今回の一連の不祥事をきちんと処理する能力があるのかどうか、疑いを抱かせるに足りるものがあるな、という気になった。

足利事件は、ここでの評価によれば、次のような事件だった。

要するに、足利事件とは、科警研鑑定が虚偽自白を生み出し、17年半もの長期間それが見逃されたために、公訴時効が完成して真犯人の謙虚が不可能になったのち、DNA再鑑定によって無実が明らかになった事件である。


このような事件について、再検討をするならば、次の3点を検証することになる。

  1. 悲劇の元凶である科警研はどのような意味で誤っていたのか(科警研鑑定の検証)
  2. 我が国の刑事司法システムが菅家氏の自白の虚偽を見抜けなかったのは何故か(警察・検察・弁護・裁判の検証)
  3. 足利事件の悲劇を繰り返さないために何が必要か(誤判防止策の提言)


これらの認識のもとに、この論文では、この事件に対する無罪判決@宇都宮地裁の後に出された、警察庁、最高検それぞれの検証報告書について検討し、数々の問題点を指摘している。

著者の検討の適否を論じる能力もないし、そういう気もそもそもないため、検討内容の詳細については、直に原文をあたっていただきたい。読んでいて気になった点が、細かいところでいくつかあったので、単なる感想でしかないが、順不同でいくつかメモ。
  1. 報告書の取扱いについて。まだ無罪判決が出てから半年余しか経過していないのに、最高検のwebからは既に報告書が削除されている。警察庁については、概要はまだサイトにあるが、本体はそもそも載っていない。これらについては、冤罪(誤判)防止ドットコムで見ることはできるが、相当問題があった案件であったにも拘わらず、その程度の扱いで良いのだろうか。襟を正し続けるためには、もっと長期間(それこそ永久でも良いかもしれない)に自らのサイトに載せておくべき情報ではないのだろうか。何だか「喉元過ぎれば熱さを忘れる」という感じがして、どこまで真摯に反省する気があったのか、疑いたくなる。
  2. 証拠の捏造が警察レベルでも行われていた旨の記載があった(警察官が、目撃者の証言を返させたという記載がある)。本題にあまり関係ないので、脚注(p246 注35)に記載されているが、特捜とか、検察とかだけではなく、警察レベルでもそういうことが日常的にあるのだろうか。そうだとすると、今回の不祥事で調査すべき範囲はもっと広く取るべきなのではないだろうか。一部の不心得者かもしれないが、それがどの一部か分からない以上は、事の重要性に鑑み、全部調べるべきではないか。
  3. 鑑定のための資料の保管の問題。鑑定の適正さを検証するためには再鑑定しか無いというのは正しい指摘だと思うが(無論、試料の量の関係でそう簡単に行かないのは理解できなくはないが)、その手段が十分になされているかどうか、疑問の余地があるのは、問題だろう。鑑定レベルでのゴマカシもやった者勝ちにしてしまいかねない。
  4. 鑑定方法について、著者は専門分野で一般的な承認を得たものに限るべき、特に裁判員裁判においてはそれを要件とすべきとしている。科警研の鑑定について、担当者の「暴走」を食い止める歯止めとしてそれが有効という面もあるし、鑑定方法の適否まで、裁判員に判断を委ねるのは負担が重いということもあるから、少なくとも裁判員裁判については、民訴法上規定を設けることを考えても良いのではないだろうか。これらに対する負担の度合いについて、裁判員の方々にとっての予見可能性を高めることは、負担感を軽減する意味でも重要だろうと思う。
  5. 虚偽自白との関係では、やはり可視化は必須なのだろう。加えて、虚偽自白をする方向に、被疑者を追い込んでいないか、検証する意味では心理学的知見を活用していくことは必須だろう。殊更に脅迫的な言動を取らなくても、取り調べる側が求める内容を言うまで、しつこく同じことを聞き続けるだけでも、虚偽自白に追い込まれることはあるわけで、そういうものに対する歯止めを如何に確保するかを考えるうえでは、これらは不可欠だろう。
  6. 冤罪防止のためには、最後の砦はやはり裁判所なのだろう。裁判所も、誤判をし続けたという意味では、ある意味「共犯」なのだが、ここでは検討の対象になっていない。裁判員制度がひとつの対策になっているのかもしれないが、対象が限定されているので、対策としては限定的なものに留まる。裁判所は、この問題について、どう考えているのだろうか?裁判員制度の対象にならないような軽微なものでも、冤罪であれば、社内的なものも含めて、被害は甚大になりうるから、無視して良い問題ではない。



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